対照的と思われた姉妹の性格、それぞれの生き方
高田久子と松山孝子。
二人は姉妹だった。
けれど、周囲から見れば、まるで違う人生を歩んでいるように見えた。
姉の久子は、仕事ができる人だった。
与えられた仕事は誰よりも早く、そして確実にこなす。責任感も強く、周囲からの信頼も厚かった。
本人は決して自分を大きく見せようとはしなかった。それでも、仕事のできる人間には自然と人の目が集まる。
「高田さんは本当に優秀だね」
そんな言葉を、久子は何度も聞いてきた。
一方、妹の孝子は、ごく普通の家庭の主婦だった。
夫を支え、家事をこなし、毎日の暮らしを守る。華やかなところもなければ、周囲から特別に評価されるようなこともない。
それでも孝子は、自分の役割を投げ出すことなく、毎日を地道に生きていた。
そんな二人を見て、周囲は当然のように思っていた。
「お姉さんのほうが、ずっと立派だ」
姉妹のそれぞれに秘めた胸の内
孝子自身も、そう思っていた。
姉の久子は、自分にはないものをたくさん持っている。
仕事ができる。人から頼りにされる。周囲から尊敬される。
そんな姉を、孝子は心から尊敬していた。
けれど、その尊敬の中には、ほんの少しだけ別の感情も混じっていた。
羨ましい。
自分も、姉のようになれたら。
そんな思いを、孝子は誰にも話さなかった。
姉妹だからこそ、近すぎて言えないこともあった。
ところが、久子の胸の内も、孝子が思っていたものとは少し違っていた。
人から「優秀だ」と言われても、久子自身は、自分をそんな人間だとは思っていなかった。
むしろ、周囲から期待されることに疲れることさえあった。
仕事ができる人間として見られる以上、弱音を吐くこともできない。
失敗すれば、「高田さんらしくない」と言われる。
そんな人生の中で、久子が時折羨ましく思ったのが、妹の孝子だった。
特別な評価を受けることもなく、誰かの期待に応え続ける必要もない。
平凡に見える毎日を、きちんと生きている。
久子には、それがとても眩しく見えることがあった。
「孝子はいいな……」
そんな思いを、久子もまた誰にも話さなかった。
姉も妹も、お互いを羨ましく思いながら、お互いに相手のほうが幸せなのだと思っていた。
そんな二人の本当の気持ちが、思いがけない形で孝子に伝わることになる。
久子の日記によって、二人の本当の気持ちが明らかになっていく。
久子の日記だった。
そこには、周囲から見れば華やかに見える自分の人生への迷いや、妹の孝子を羨ましく思う気持ちが綴られていた。
それを知ったとき、孝子は驚いた。
自分がずっと羨ましいと思っていた姉もまた、自分のことを羨ましいと思っていた。
「お姉ちゃんも、私のことをそんなふうに思っていたんだ……」
その瞬間、孝子の中で何かが変わった。
これまで姉は、自分とは違う世界にいる人だと思っていた。
けれど本当は、姉も一人の人間として悩み、迷い、そして妹を羨ましく思っていたのだ。
完璧に見えた姉にも、弱さがあった。
そして、平凡だと思っていた自分の人生にも、姉から見れば価値があった。
それに気づいたとき、孝子の中にあった姉への羨望は、少しずつ形を変えていった。
尊敬だけではない。
嫉妬だけでもない。
姉も自分と同じように、人生の中で何かを抱えながら生きていたのだ。
そう思えるようになった。
二人は、決して似た人生を歩んだ姉妹ではなかった。
一人は仕事の世界で評価され、一人は家庭を守りながら生きた。
けれど、人生の表面が違っていただけで、心の奥には同じような寂しさや迷い、そして相手を思う気持ちがあった。
姉が妹を羨み、妹が姉を羨む。
それは、どちらが幸せだったのかという話ではない。
むしろ二人は、互いの人生を羨ましく思うことで、初めて自分自身の人生を見つめ直すことができたのかもしれない。
姉妹という近い存在だからこそ、素直には言えなかった気持ち。
その気持ちは、言葉にされないまま長い年月を過ぎていった。
そして久子の日記が、その心の距離を少しだけ縮めてくれた。
孝子にとって姉は、いつまでも尊敬する存在だった。
けれどその日から、姉を見る目には、以前とは違う優しさが加わっていた。
「お姉ちゃんも、私と同じだったんだね」
その言葉を、孝子が久子本人に伝えることはできなかった。
それでも、姉妹の間には、長い年月を経て初めて分かり合えた何かが残った。
人から見える人生と、本当の人生は違う。
そして、人から羨ましがられる人生にも、人には見えない孤独がある。
高田久子と松山孝子。
二人の姉妹は、それぞれ違う人生を歩きながら、実は同じように「相手の人生」を羨んでいた。
それは、姉妹だからこそ生まれた、少し切なく、そしてどこか温かい関係だった。
