姉の日記―姉高田久子が見ていた妹松山孝子の人生、そして平凡な中に認めた意義

久子の評価が変わる 情報

姉久子の日記には、だんだん妹孝子への温かい思いやりの記述が増えていった。

久子の日記は、誰かに読ませるためのものではなかった。

人前ではいつも冷静で、仕事のことを話せば的確な答えを返し、周囲から「しっかりしている」と言われていた久子が、誰にも見せることなく書き続けていたものだった。

日記の最初のページには、特別な言葉はない。

仕事の予定。

その日の出来事。

誰かから頼まれた仕事。

体調のこと。

そして、ときどき妹の孝子のこと。

けれど、年月が進むにつれて、その文章は少しずつ変わっていった。

ある日のページには、こんなことが書かれていた。

「今日も『高田さんに任せれば大丈夫』と言われた。
ありがたいことだと思う。
でも、私はそんなに大丈夫な人間ではない。」

久子は、人から期待されることを嫌っていたわけではない。

むしろ、期待されれば応えようとした。

できることなら、期待以上のことをしようとした。

だから仕事を任されるたびに頑張った。

難しい仕事を任されれば、それをこなした。

問題が起きれば、解決する側に回った。

誰かが困っていれば、手を差し伸べた。

そうしているうちに、周囲の中で久子の姿は一つの形になっていった。

「優秀な高田さん」

「頼れる高田さん」

「何でもできる高田さん」

その評価は、いつしか久子自身から離れ、一人歩きしていた。

日記には、そのことへの戸惑いが何度も書かれている。

「みんなが見ている私は、私なのだろうか。
それとも、みんなが勝手に作った私なのだろうか。」

そして、そんな日の日記の最後には、決まって妹の名前が出てきた。

久子の日記の中の妹・孝子が存在を広げ、そして日記の中の主なテーマとなっていった。

孝子。

久子にとって孝子は、決して「何もしていない妹」ではなかった。

むしろ逆だった。

久子には、孝子が毎日どれだけ多くのことをしているのかが分かっていた。

家族のために食事を作る。

家の中を整える。

夫や家族の話を聞く。

体調が悪くても、やるべきことをやる。

誰かに褒められるわけでもない。

「孝子さんがいてくれて助かった」と誰も言わない。

それでも、次の日になれば、また同じことをする。

久子には、それが不思議だった。

そして、羨ましかった。

「孝子は、誰にも評価されなくても、自分の一日を終えることができるのだろうか。
私は、誰かに認めてもらわないと、自分が何をしているのか分からなくなることがある。」

久子は、妹の暮らしを「平凡」と呼ぶことができなかった。

世間から見れば平凡だった。

けれど、久子には、その平凡さを維持することの難しさが分かっていた。

毎日同じように見える生活ほど、実際には一日も同じではない。

家族の機嫌。

家の都合。

突然の用事。

体調。

小さな心配。

そうしたものを一つずつ受け止めながら、孝子は暮らしていた。

久子は、その姿を外から見ていた。

自分が華やかな場所で仕事をしている間にも、妹は妹の場所で、誰にも知られない仕事をしている。

「私の仕事には終わりがある。
一つ終われば、それは成果になる。
孝子の仕事には、終わりがない。
今日の洗濯が終わっても、明日また洗濯がある。
今日家族のために何かをしても、それは明日の仕事をなくしてはくれない。
それなのに、孝子は文句も言わずにやっている。」

そこには、妹への敬意があった。

しかし同時に、久子自身にも認めたくない感情があった。

羨望だった。

ある夜の日記には、珍しく短い言葉だけが書かれていた。

「私は、孝子になりたいと思うことがある。」

プロフィール
ツネジイ
ツネジイ

はじめまして、70代男性です。
急に小説を書き始めました。
パリ旅行関連の情報を書いていましたが、間違った情報を発信してはいけないと強いプレッシャーを感じていました。本当は別ブログにすべきですが、どこまでできるか分からないので、このブログ内に描きます。
良かったらご覧ください。
仕事を終えたのを機に、憧れだった夫婦のパリ旅行を実現しました。

出発まで1年かけて図書館で徹底的に調べ、実際に現地を2週間強体験。
その中で感じたのは、事前準備をすればパリは大人世代でも安心して楽しめるということでした。

このブログでは、
・初パリの夫婦旅・一人旅でも安心できる情報
・70代目線での注意点や移動のコツ
・実体験に基づくリアルなアドバイス
をお伝えしています。
これからパリを訪れる方の、不安を減らし、旅をより充実させるお手伝いができれば嬉しいです。

ツネジイをフォローする
情報番外編