姉久子が認めた、認めざるを得なかった妹孝子の、平凡な日常の中にある真摯な生き方

姉と妹のそれぞれの人生 情報

認めたくはないという微妙な久子の感情の中に、芽生えた孝子の生き方の意義

久子は、そこまで書いてから、しばらく筆を止めたのだろう。

その下には、少し間を空けて、さらに続いていた。

「こんなことを書いたら、孝子は笑うだろうか。
『お姉ちゃんが私になりたいなんて、おかしい』と言うだろうか。」

そして、その次の行には、こうあった。

「でも、私は本当にそう思う。」

久子にとって、孝子の人生は「何も起こらない人生」に見えた。

けれど、それは否定的な意味ではなかった。

むしろ、久子が求めても手に入れられなかったものが、そこにはあるように思えた。

誰かの期待に応えるためではなく、自分の身近な人のために生きること。

大きな成果を残すことではなく、今日を無事に終えること。

人から評価されることではなく、自分の中で「今日もよくやった」と思えること。

久子は、そんな人生を羨ましく思っていた。

けれど、妹の前では、それを決して口にしなかった。

姉として、強くありたかった。

妹に心配をかけたくなかった。

何より、自分が妹を羨ましがっているなど、知られたくなかった。

だから久子は、いつも孝子に言った。

「元気そうでよかったね」

「家のこと、大変でしょう」

「無理しないようにね」

それだけだった。

孝子は、その言葉の奥にあるものを知らなかった。

孝子から見れば、姉はいつも輝いていた。

仕事の話をする久子は自信に満ちていた。

周囲から尊敬され、頼りにされ、どこへ行っても存在感があった。

だから孝子は、自分と姉を比べてしまった。

「私なんて、何もしていない」

そんな思いを、何度抱いたことだろう。

姉を尊敬するほど、自分が小さく見えた。

姉のようになれない自分が、少し恥ずかしかった。

そして、そんな自分を悟られたくなくて、姉の前では明るく振る舞った。

二人とも、相手には見せない感情を抱えていた。

姉は妹を羨み、妹は姉を羨んでいた。

そのことを、二人は知らなかった。

やがて久子の日記には、老いについて書かれるようになった。

仕事をしているときは、未来がいつも先にあった。

次の仕事。

次の目標。

次にやるべきこと。

けれど、ある年齢を過ぎると、久子は「次」ではなく、「これまで」を考えるようになった。

「私は何を残したのだろう。」

そして、その問いの後に、孝子の名前が続いていた。

「孝子は、何を残したのだろう。
たぶん、私よりずっと多い。」

久子が思い浮かべたのは、家の中の小さな出来事だった。

孝子が作った料理。

家族のために買ってきたもの。

誰かの誕生日に用意したもの。

体調を崩した家族を看病したこと。

何気なく掛けた言葉。

それらは、仕事のように記録されない。

賞状にもならない。

誰かが表彰してくれるわけでもない。

けれど、人の記憶には残る。

久子は、ようやくそのことに気づき始めていた。

「私の仕事は、私がいなくなれば、誰かが引き継ぐ。
でも、孝子が家族にしてきたことは、孝子にしかできなかったことなのかもしれない。」

そこまで書いたところで、久子の日記には長い空白がある。

姉久子は孝子を羨ましいと思う、そして妹の孝子にも自分を羨ましいと思ってほしい。

そして最後に近いページに、孝子について、もう一度書かれている。

「孝子には、私を羨ましいと思っていてほしい。
それは悪いことではないと思う。
私も孝子を羨ましいと思っているから。

でも、できればいつか伝えたい。
あなたが思っているほど、私は立派な人間ではない。
私が持っているものを、あなたが持っていないわけではない。

私たちは、ただ違う場所で生きてきただけなのだと思う。」

その日記を、孝子が読むことになる。

ページをめくるたびに、孝子は言葉を失った。

そこにいたのは、いつも自分が見上げていた「立派な姉」ではなかった。

迷っていた。

疲れていた。

自信を失っていた。

そして、自分を羨ましいと思っていた。

孝子は、何度も同じ箇所を読み返した。

「私も孝子を羨ましいと思っている。」

その一文が、胸の中に残った。

姉も、自分と同じだった。

姉もまた、自分にはないものを妹の中に見つけていた。

そのとき初めて孝子は、自分がずっと姉を「上から見下ろす人」としてではなく、「同じように悩みながら生きている一人の女性」として見ることができた。

そして、これまで胸の中にあった小さな嫉妬が、少しずつほどけていった。

姉に勝ちたかったわけではない。

姉のようになりたかったわけでもない。

ただ、自分の人生にも、姉が羨ましいと思うものがあったのだと知りたかったのかもしれない。

日記を閉じた孝子は、しばらく動かなかった。

そして、小さく笑った。

「お姉ちゃんも、私のことを羨ましかったんだ……」

その笑顔には、少し涙が混じっていた。

姉妹は、長い間、お互いの人生を羨んでいた。

けれど本当は、二人とも自分の人生の価値に気づいていなかった。

久子の日記が教えてくれたのは、「どちらの人生が幸せだったか」という答えではなかった。

姉にも妹にも、それぞれにしか見えない景色があった。

そして、相手の人生を羨ましく思ったからこそ、初めて自分の人生の中にあったものにも気づくことができた。

日記の最後のページには、短い一文だけが残されていた。

「もし生まれ変わって、もう一度姉妹になれるなら、今度はもっと早く、孝子にありがとうと言いたい。」

その言葉を読んだとき、孝子は日記を胸に抱いた。

もう、姉を遠い存在だとは思わなかった。

尊敬する姉であることに変わりはない。

けれど、それだけではなかった。

自分と同じように迷い、自分と同じように誰かを羨み、それでも懸命に生きていた、一人の姉。

そのことを知った瞬間、二人の間にあった長い年月の距離が、かなり縮まったような気がした。

第1部終了

姉と妹の絶対交わらない人生だったのか?それともそれは、単に同じものの表の裏の違いなのか。

プロフィール
ツネジイ
ツネジイ

はじめまして、70代男性です。

急に小説を書き始めました。
パリ旅行関連の情報を書いていましたが、間違った情報を発信してはいけないと強いプレッシャーを感じていました。
それで、自由に書ける小説を始めてみました。。
小説は、本当は別ブログにすべきですが、どこまでできるか分からないので、このブログ内に描きます。
良かったらご覧ください。

仕事を終えたのを機に、憧れだった夫婦のパリ旅行を実現しました。
出発まで1年かけて図書館で徹底的に調べ、実際に現地を2週間強体験。
その中で感じたのは、事前準備をすればパリは大人世代でも安心して楽しめるということでした。

このブログでは、
・初パリの夫婦旅・一人旅でも安心できる情報
・70代目線での注意点や移動のコツ
・実体験に基づくリアルなアドバイス
をお伝えしています。
これからパリを訪れる方の、不安を減らし、旅をより充実させるお手伝いができれば嬉しいです。

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