警察から電話があったのは、夕暮れの、家の中がいちばん静かになる時刻だった。
「高田久子さんのことで……」
その名前を聞いた瞬間、松山孝子は、胸の奥に冷たいものが落ちていくのを感じた。
姉だった。
高田久子。孝子より少し年上の姉。長いあいだ一人で暮らしていた。
「お姉さまが……亡くなられました」
警察官の声は淡々としていた。
孤独死だった。
孝子は電話を握ったまま、しばらく言葉が出なかった。
死んだ。
姉が。
ついこの間まで、この世のどこかで息をしていたはずの人が、もういない。
「いつ……ですか」
ようやく絞り出した声は、自分のものではないように聞こえた。
警察官からいくつかの説明を受け、遺体の引き取りや、その後の手続きについて話を聞いた。
電話を切ると、孝子は椅子に座り込んだ。
夫が心配そうに顔を覗き込む。
「どうした?」
「姉さんが……亡くなったって」
それだけ言うと、孝子は顔を覆った。
泣き声は出なかった。
悲しみより先に、やらなければならないことが、次々と頭の中に浮かんできたからだった。
遺体はどうするのか。
葬儀は。
親族への連絡は。
役所への届け出は。
家の中の荷物は。
そして、納骨は――。
悲しむ暇さえ与えられないほど、現実は容赦なく押し寄せてきた。
