そして、高田家のきょうだいは、それぞれまったく違う人生を歩いていった。
長女の久子は、仕事に生きた。
社会の中で成功し、周囲からは「立派な女性」と見られていた。
けれど、その人生のどこかで、本当は何を求めていたのか。
それを知る者はいなかった。
長男の隆は、どこかのんびりと人生を歩んだ。
光子という強い妻に支えられながら家庭を築き、子どもを育てた。
そして次女の孝子は、家庭を持った。
夫と子どもたちと一緒に、毎日の生活を積み重ねていった。
同じ両親から生まれた三人のきょうだい。
それなのに、人生はこれほど違うものになった。
そして、その違いは次の世代にも受け継がれていった。
隆の息子である光一は、父親に似たところがあった。
どこか楽天的で、物事を深く考えすぎない。
自分にとって都合の悪いことは、できれば後回しにしたい。
一方、遥は大人しかった。
人前では自分の意見を強く主張することはない。
けれど、心の中では自分の考えをしっかり持っていた。
人に流されることなく、自分の足で人生を歩いていこうとするところがあった。
同じ高田家の血を引きながら、これほどまでに生き方が違う。
その中で、久子の人生だけは、どこか異質だった。
仕事では成功した。
社会的には認められた。
周囲からは「しっかりした人」「自立した女性」と思われていた。
孝子も、ずっとそう思っていた。
けれど――。
久子が一人で暮らす部屋に帰ったとき、誰が「おかえり」と言ったのか。
仕事で大きな成果を上げた夜、誰と喜びを分かち合ったのか。
病気になったとき、誰に弱音を吐いたのか。
そして、夜、一人になったとき、何を考えていたのか。
孝子には分からなかった。
家族の中にいても、人の心の奥までは見えない。
むしろ家族だからこそ、
「姉は大丈夫」
「姉なら一人でも平気」
「久子は昔からそういう人だから」
そんなふうに決めつけてしまう。
それが、久子の孤独を見えなくしていたのかもしれない。
孝子は、姉を嫌っていたわけではない。
むしろ好きだった。
尊敬もしていた。
ただ、姉の人生に深く踏み込むことをしなかった。
久子もまた、孝子に自分の本当の気持ちを話そうとはしなかった。
二人の間には、長い年月の中で築かれた、姉妹だけに分かる距離があった。
近いようで、遠い。
分かり合っているようで、本当は何も知らない。
そして、その距離に気づかないまま、二人は歳を重ねていった。
やがて久子が亡くなったとき、孝子の前に残されたのは、姉の遺品だけではなかった。
預金。
マンション。
そして、誰も知らなかった久子の人生。
孝子は、そのとき初めて思うことになる。
――私は、お姉ちゃんのことを、どれだけ知っていたのだろう。
その問いは、やがて高田家の人々を巻き込む、遺産相続という現実の中で、さらに重い意味を持つことになる。
姉が残したものは、五千万円の財産だけではなかった。
そこには、家族が長い間見ようとしなかった、久子の孤独と人生そのものが残されていた。
