その瞬間、胸が締めつけられた。
ここに入れば、久子の暮らしと向き合わなければならない。
そして孝子には、もう一つ、気になっているものがあった。
姉の日記だった。
久子が昔から日記を書く人だったことを、孝子は知っている。何を考えていたのか。誰にも言えなかったことがあったのか。最後の日々を、どんな気持ちで過ごしていたのか。
妹として知りたかった。
けれど、日記を探すためだけに家の中へ入ることはできなかった。
姉の死を覗き見るような気がしたからだ。
それでも、知りたいという気持ちは消えない。
孝子は鍵を握ったまま、しばらく動かなかった。
「お姉ちゃん……」
誰もいない家に向かって、初めて声を掛けた。
「入っても、いい?」
返事はなかった。
当然だった。
けれど孝子には、その沈黙が、久子からの最後の答えのように思えた。
ゆっくりと扉を開ける。
こもった空気が流れ出した。
孝子は息を止め、すぐには中へ入れなかった。
近所への迷惑をなくすための清掃。
家を空にするための整理。
そして、自分自身が姉の死を受け入れるための時間。
その全部を、これから一つずつやらなければならない。
玄関に一歩、足を踏み入れた。
廊下の奥には、久子が最後まで使っていた椅子が見えた。
孝子はその椅子を見つめながら、思った。
物を捨てることと、姉を忘れることは違う。
だからせめて、日記だけは、自分の手で見つけたい。
久子が最後まで誰にも話さなかった言葉が、そこに残っているかもしれない。
そしてもし、何も書かれていなかったとしても――。
それならそれでいい。
姉が生きた時間そのものを、自分が覚えていればいい。
孝子は涙を拭き、家の奥へ歩き始めた。
姉の家を片づけるためではなく、姉が残したものと、もう一度向き合うために。
しかし、強い思いに反して、耐えられない臭気に立ち尽くし、特殊清掃が終わった後に向き合うことにした。
向き合うことを後に伸ばして、どことなくほっとした。