姉の久子が亡くなってから、孝子は何度も姉の家の前まで来ては、門の前で立ち尽くした。
鍵は手元にある。入ろうと思えば入れる。けれど、玄関の扉を開けることが、どうしてもできなかった。
久子は、誰にも看取られずに亡くなった。
発見されたときには、すでに時間が経っていた。警察や葬儀の手続きが済み、ようやく家の中を整理してよいことになったものの、孝子の胸には、別の重さが残っていた。
――近所の人に、迷惑を掛けてはいけない。
姉の死があった家なのだ。臭いや害虫など、周囲への影響がないよう、専門の業者に頼んで清掃をしなければならない。家財道具も処分し、部屋を空にしなければならない。
頭では分かっていた。
けれど、その「整理」という言葉が、孝子には冷たく響いた。
そこには、久子が何十年も暮らしていた。
食卓も、古い時計も、台所の小さな傷も、全部、姉が生きていた証だった。
業者との打ち合わせを終え、孝子はもう一度、玄関の前に立った。
鍵を差し込む。
カチリ、と音がした。