最初の「仕事」、本当に簡単な仕事だった。
ある日、黒田が言った。
「簡単な仕事があるんだけど、やってみるか?」
光一は警戒した。
「何の仕事?」
「荷物を受け取って、指定された場所へ持っていくだけ」
それだけだった。
報酬は、その日のうちに現金でもらえるという。
光一は迷った。
だが、財布の中には数百円しかなかった。
「一回だけなら……」
そう思った。
そして、仕事をした。
指定された場所へ行き、荷物を受け取る。
別の場所へ持っていく。
それだけだった。
何が入っているのかは聞かなかった。
聞けば、知らなくて済まなくなる気がしたからだ。
仕事が終わると、黒田は約束通り金を渡した。
光一は、その札を見つめた。
汗を流して働いたわけでもない。
頭を使ったわけでもない。
ただ荷物を運んだだけだった。
「こんな簡単に金が手に入るのか」
その感覚が、光一の中に残った。
そして、越えてはいけない一線を越える
それから、同じような仕事を何度か頼まれるようになった。
最初は「何も知らない」で済ませていた。
次第に、荷物の中身が普通のものではないことに気づいた。
黒田に、
「これ、何なんだ?」
と聞いた。
黒田は笑った。
「知らないほうがいい」
その言葉を聞いた瞬間、光一は断るべきだった。
だが、断らなかった。
金が必要だった。
そして何より、自分を必要としてくれる人間がいることが嬉しかった。
家族からは、
「いい加減な人間」
と言われた。
友人からは、
「金を返せ」
と言われた。
仕事も続かなかった。
そんな自分に、黒田は仕事を与えてくれる。
「お前は使える」
その言葉が、光一の心を満たしていった。
それは、金よりも危険なものだった。
光一が見る世界は、悪の側から見た世界に代わって行った
やがて光一は、世の中を見る目まで変わっていった。
真面目に働いている人間を見ると、
「馬鹿正直だ」
と思うようになった。
ルールを守っている人間を見ると、
「そんなものを守って何になる」
と思った。
そして、自分を心配していた家族のことさえ、
「俺を理解しなかった」
と考えるようになった。
本当は違った。
家族は、何度も光一を心配していた。
父の隆も、厳しく叱りながら、何とか息子を立て直そうとしていた。
しかし光一には、その優しさが見えなくなっていた。
自分を責める人間と、自分を利用する人間。
その二つの区別さえ、つかなくなっていた。
